Gun-Chan Blog Written by Shingo

新卒で海外就職した時のこと【タイ・バンコク1年目】その①

ちょっと言いたいこと

どうもShingoです。新卒で海外就職をし、海外で暮らし始めて7年目に入りました。

今回は、新卒でタイのバンコクで働き始めた最初の1年を、何回に分けて振り返っていきたいと思います。

旅行業での海外就職

海外就職は、仕事内容を選ばず、その気になれば、結構簡単に仕事は見つかります。特にチャンスが多いのが、旅行業関連の就職です。ホテルのゲストリレーション、旅行会社の現地法人、ランドオペレーター等に多くの求人が出ています。

このような旅行業関連の海外での求人は、想像しているより、30倍くらいハードな仕事なので、人の入れ替わりが激しいです。しかし、日本人クオリティの仕事を求めている為、常に日本人の求人は絶えません。

僕は、この旅行業関連のランドオペレーター(旅行の現地手配)を専門にしている、海外企業に新卒で就職をしました。

ランドオペレーターという仕事については、ランドオペレーターで5年働いた僕が感じた仕事のやりがいで説明させて頂きました。

海外就職で新卒が仕事をする

ただでさえ戦力にならない新卒に回ってくる仕事と言えば、泥臭い仕事ばかりです。

僕の最初の1年は、ツアーガイドさんに翌日の仕事のリコンファームをすること、先輩に頼まれた調べもの、写真撮影、買い物、銀行に行って出金をすること、クレームが発生した時の最初の出動、現地で販売するお土産の包装、配達、ガイドさんのパシリなど、かなり泥臭い仕事をしました。

旅行は24時間365日動いているので、日曜だろうが、夜中だろうが、シャワーを浴びてようが、彼女とベットの中にいようが関係なく、トラブルや緊急事態が発生した時には、対応しなければなりません。

そんなことは想像もせずに、海外で働くこと自体がかっこいいと思っていたので、実際に働き始めた時は、あまりの大変さに、何度も心をやられました。

ガイドさんは若造のいうことなんて聞いてくれずに勝手に自分の好きなようにツアーを回す、お客は、「こんなん日本じゃありえんぞ」「殺すぞ」「お前まっとけや、今から殺しに行くからのぉ」など暴言を吐かれまくり、朝4時にたたき起こされて、空港に謝罪に行かされるなんてことが多々あります。

それでも新卒で海外就職をしてよかったのは、そんなカスみたいな環境中でも、死ぬほど楽しい思いをしたからです。その楽しさを少し紹介したいと思います。

タイ・バンコク空港に到着

タイに配属された日は、ソンクラーンという水かけ祭りの最終日でした。タイの空港に降りたったのは、夜の18時頃で、先輩の1人が空港に迎えに来てくれていました。空港に降りた瞬間、東南アジア独特の蒸し暑さ、騒がしさにワクワクします。

タイに行くまでは、タイというのは、未開の地で、車が通る為に赤土が舞い上がっているようなイメージでしたが、ロットゥーと呼ばれるワゴン車の中から見るバンコクの夜景は、高層ビルが立ち並び、ネオンが輝く大都会でした。

空港から会社につき、同時に赴任した上司の荷物(ダンボール約10箱ほど)を、ロットゥーからオフィスに運びます。この時点で汗だらだらです。

その後、ソンブーンという観光客に人気のレストランで食事会がありました。その食事会場で、これから死ぬほど楽しい時を過ごすことになる先輩3人に会うのでした。

食事会の後は、早速パッポン通りへGO

食事会の後、僕は大きなスーツケースを持っていて、長旅で疲れていたので、てっきり寮に連れて行ってくれるのかと思ったのですが、連れて行かれたところはパッポン通りと呼ばれる歓楽街でした。

その日はソンクラーンの最終日で、多くの店が閉まっていました、そんな中ひっそりと営業していた、バーに連れて行かれました。

スーツケースをゴロゴロと運びながら入った店内は、薄暗いピンクで、まるでB級映画で、薬物が取引をされるような感じの、雰囲気のあるスナックでした。そこには、僕と先輩3人の合計4人で行ったのですが、先輩3人はイケイケな感じ慣れており、「これはもう、とんでもない世界に足を踏みいれてしまったな」とキャン玉が縮こまってしまうような恐ろしい感覚に襲われたのを覚えています。

そこで、ハイネケンを何本かのみ、先輩に一通り寮のルールを教わった後、やっと寮に連れて行ってもらったのです。

その寮のルールとは、「素人女性連れ込み禁止」というシンプルなものでした。この時は、何で素人女性なんだ?と疑問に思って先輩に聞いてみましたが、「あなたもその内わかるよ」とまるで僕の身に、これから起こるトラブルを楽しむような目つきと口調で言われたのです。

スーツケースを引きながら、会社の寮へ

パッポン通りのうす暗いスナックを出た僕ら4人は、寮へ向かって歩き始めました。タイは都会と言っても、まだ道はボコボコになっているところもあり、重たいスーツケースを運んで歩くのは、かなり大変でした。

パッポン通りから、シーロム通りを反対に渡り、サラデーン通りに入ります。サラデーンソイコンベントの角のセブンイレブンでシャンプー等の生活用品を購入し、サラデーンソイ2に入っていくのですが、道はボコボコで、薄暗い通りなので、「本当にやばいところに来てしまったな」と、更にキャン玉が縮こまっていくのを感じました。

先輩たちはそんな僕を、まるで昔の自分らを見るかのように、楽しんでいる感じがしました。

会社の寮に到着

会社の寮には、僕とその先輩3人の合計4人で暮らすとのことでした。

寮は、コンドミニアムで、下にセキュリティがいて、意外としっかりしています。

寮に入ると、大きな何もないリビング、誰も使っている形跡のないキッチン、部屋が5部屋あり、その内の空いてる部屋をあてがわれました。部屋にはベットと机とクローゼットがあるだけで、他には何もありません。

一番奥にマスタールームがあり、その部屋には、シャワーとトイレがついていましたが、そこは寮長のような感じの先輩の中でも一番偉い人が住んでおり、僕と残りの先輩2人は、シャワーとトイレが一緒になっているバスルームを共同で使わないといけないということでした。

トイレとシャワーは同じ所に一つにまとまっているので、誰かがシャワーを浴びている時は、トイレに入ることができません。そして男だけで暮らしているので、トイレにはたばこの吸い殻が浮いていたり、洗面所はめちゃくちゃになっていたりと、一言で言うと汚いです。

寮には、メイドさんがついているらしく、3日に1回くらいの頻度で、洗濯とアイロンかけはしてくれるとのことでしたので、洗濯は心配ありません。

他にも色々聞きたいことがありましたが、長旅で疲れていた僕は、荷物も開けずに眠りについたのでした。

オフィスに出勤

カーテンもついていない部屋だったので、強烈な朝日で僕は目覚めました。スマホを見ると、朝7時で、寮の中では誰も起きている気配はありません。

タバコの吸い殻が浮いているトイレで用を済ませ、朝のシャワーを浴びると、さあいよいよ海外での社会人生活が始まるとワクワクしてきます。

オフィスでの自己紹介等を考えながら、前の夜にコンビニで買ったパンを食べ、スーツを着込み、髪をセットして、ワクワクしながら出勤に備えます。

最初は、先輩と一緒にオフィスに行くとのことでしたので、先輩の準備が終わるのを待ち、寮を出ました。寮を一歩でると、昨晩のうす暗い通りの雰囲気はなく、屋台が立ち並び、車のクラクションが鳴りまくり、人がせわしく行き来をしていました。

Shingo
Shingo

あー、タイや、海外で働いてる。夢がなかった。

とまだ働き始めてもいないのに、感動したのを覚えています。

ローカルスタッフと対面

オフィスについて、自分の席を案内され、渡された書類等を呼んでいると、ローカルスタッフが続々とオフィスに入ってきます。

サワディーカー

と皆挨拶をしてくれますので、僕も昨晩教えてもらった「サワディーカップ」と挨拶をします。

そして、皆が集まったところで、皆の前で英語と日本語で自己紹介をしました。とても緊張していて、しかも気合も入っていたので、何を言ったかは覚えていませんが、すぐにあだ名をつけてもらったので、これから何とかやっていけそうだなと感じたことを覚えています。

地図と携帯を渡される

僕にとっては、初日ですが、皆に取っては普通の月曜日です。朝から電話等で忙しくしています。

そんな中、先輩に呼ばれ、「今からこのホテルのリストを渡すから、この地図と携帯を持って、今日はこの地区のホテルをまわってきて。とりあえず、ホテルの名前と場所が分かるようになればいいから。」

と地図と携帯、それからホテルのリストを渡され、「ここがシーロム通り、ここがスクンビット通り、ここが地下鉄の駅、ここがBTS(モノレール)の駅。でとりあえず今日は、このホテルリストの中にあるスクンビット地区のホテルを見てきて。地下鉄のシーロム駅から行けば一本でスクンビットに行けるから、とりあえず、シーロム駅に着いたら、この携帯で俺に電話して。じゃ行ってらっしゃい。」

と、先輩から言われ、タイについたばかりで右も左も、タイバーツもそんなに持ってない中、街の中に放りだされるのでした。

MRTと呼ばれる地下鉄に乗ってスクンビット地区へ向かう

会社から出た僕は、まだお金も両替していなかったので、教えられた「タニヤスピリッツ」という両替屋さんで、いくつかのタイバーツに両替をしました。

また、その時渡された携帯は、NOKIAのガラケータイプで、インターネットが使えなかったので、地図を頼りに、教えてもらったMTRシーロム駅に向かいました。

自分のスマホはありましたが、SIMロックがかかっており、かつ日本を出る前に解約していたので、全く使いものになりません。

そして、何よりも死ぬほ暑い。4月のバンコクは恐らく1年で一番暑い時期で、だからソンクラーンという水かけ祭りがある訳で、もう駅に着くころには汗びしょです。

なんとかMTRシーロム駅につき、自動券売機で切符(トークン)を買おうとしますが、自動券売機は小銭しか受け付けてくれません。そんなの知らない僕は、自動券売機の前で「やっべぇぞ」とあたふたしていると、見かねたタイ人のおばちゃんが「あそこ(駅員がいる窓口をさして)で、両替するのよ」的なことをタイ語で教えてくれました。

窓口で「エクスチェンジ、エクスチェンジ」とお札を出して言うと、駅員さんがなれた手つきで小銭に両替をしてくれましたので、やっと切符を買うことができたのでした。

ここまでで、アドレナリンが出まくりでした。そして、先輩に駅に着いたことを報告せねばと、電話をすると、「おー、凄いじゃん、じゃあとは頑張ってきて、大体18時くらいまでにはオフィスに戻ってくればいいから」と電話口でも、僕があたふたしているのを楽しむかのような口調で言うのでした。

スクンビット地区に到着 汗びしょになりながら地図とホテルリストと格闘

スクンビット地区は、バンコクでも一番の都会の場所です。スクンビットとは、正確にはバンコクから東に通っている幹線道路スクンビット通りのある一部のことで、駅でいうと、MRTアソーク駅周辺を指します。

MRTアソーク駅から出ると、びっくりするほどの青空と40度はあるのではないかという気温、そしてバスや自動車、バイクから排出される排気ガスで、もうサウナ状態です。

この時点でもう、精神的にナチュラルハイの状態になっていました。何が何だか、どこがどこだか全く分からなくて、聞きにくいタイ語訛りの英語、そしてタイ語、排気ガスのによる蒸し風呂状態で、アドレナリンが出まくっていたのではないかと思います。

僕は、とりあえず東に進むことにしました。東に進むと、まずラディソンブルーというきれい目なホテルが見えてきます。

「場所さえ分かればいいから」と先輩に言われた通り、駅からの位置関係を頭にいれました。そしてちょっと欲が出てきて、ホテルのレセプションの人に、「僕は○○の会社の者です。ホテルインスペクションをさせてもらえませんか?」と英語で話してみましたが、アポがなければだめだと速攻で断られましたが、「お願い」と粘ってみましたが、やはり断られました。

何か、タイについて1日目で、スーツで一人で地図片手に見知らぬ土地を彷徨い、しかもホテルの人と英語で話して仕事っぽいことした!とすごく楽しくなってきたのを覚えています。

それからは、ひたすら東に進み、BTSのプロンポン駅まで数軒のホテルの場所を確認した後、今度は道路の逆側をアソーク駅に向かって進むことにしました。

逆側は小道が沢山あり、そこにホテルも沢山あり、もう夢中でホテルと地図を見ながらひたすら彷徨い、位置関係を頭に入れていきました。

アソーク駅から東に進んでいると、SOI29やら31と小道に奇数番号の名前がついており、プロンポン駅から西にアソーク駅方面に向かっていると、SOI22やSOI18などと偶数番号がついていることに気付くのでした。

汗だくでオフィスに戻る

リストに書いてあるスクンビット地区のホテルを、ある程度まわった後、オフィスに戻りました。既にローカルスタッフは帰宅しており、オフィスはがらんとしていました。

先輩に今日行ったところ、見てきたところを報告すると、先輩はニヤニヤしながら、「あぁ、そう、凄いじゃん」と言うだけで、「じゃ飯に行こう」と早速夜のパッポン通り、タニヤ通りの冒険が始まるのでした。

つづく(笑)

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